DEVELOPMENT
STORY
開発ストーリー

大きく支えるオフショアは、小さな支援から始まった。

純粋なCSRが育んだ、オフショア事業。

STORY

#2

大きく支えるオフショアは、小さな支援から始まった。

1997年、代表の藤木はひとりの社長に出会う。その社長は自分の年金を全てベトナムの養護施設に寄付していた。彼と話をしているうちに、実際にベトナムの養護施設“子どもの家”に足を運ぶことを決める。そこで両親をなくした身寄りのない子どもたちの生活を目の当たりにしたことで、毎月少しばかりの寄付を続けることを始めた。帰国後もベトナムとの関係が続く中、2003年に“子どもの家”出身の学生ホアンさんの留学を支援し、彼を日本に呼んだ。身寄りのない彼らがきちんとした仕事につけるよう、日本の専門学校に通って、エンジニアとしての仕事を学んでもらいたかったからだ。その後も2人のベトナム人の若者を日本に呼び、ブライセンの仕事を経験してもらうなどの活動は続いていた。この時点で、将来ブライセンがベトナムに進出するとは考えもしていなかった。

留学支援をしていく中で、ひとつの想いが頭をよぎるようになる。彼らがベトナムに帰国したとき、就業するソフトウェア会社が現地にない状況では留学の意味がないと。であれば、現地での仕事を提供すればいいじゃないか。その想いから2009年にブライセンベトナムをスタートさせることになった。たった4人からのスタートである。

2018年に黒字化。200人規模にまで一気に拡大。

2018年に黒字化。200人規模にまで一気に拡大。

ベトナムのスタートから3年。その規模は10人ほどでまだまだ小さい組織だった。しかしその頃より、お客様からベトナムを活用したいとの声が多く上がるようになった。そのような経緯で2013年に法人化を決める。法人化後は規模の拡大に注力した。ブライセンは独立系で資本がどこからも入っていない。だから、小さな会社のままではどこからも見向きもされない。そのことからとにかく人を集め、規模の拡大を目指していく。仕事が少なくても人材募集を続け、2018年には200人にまで規模が拡大した。そしてブライセンベトナムは2018年にようやく単年度黒字を達成する。結果的にそれまでの9年は赤字続きの投資フェイズであった。

オフショア拠点はベトナムだけではない。2013年にはまた別の方との出会いをきっかけに、ミャンマーへ渡ることになった。そこでも養護施設への支援を決める。そして2ヶ月後、ミャンマーに誘った人物が関わっていた現地会社の買収へと話が進んでいく。このスピード感はブライセンならではである。現地法人設立当時は4人だった社員が今では70名にまで拡大。養護施設からの採用も積極的に実施していった。ベトナムもミャンマーも初めはCSRの一環でしかなかった。それが現在ではブライセンの大きな強みとなってグループを大きく支えている。

異国の地で社員を育てることの大変さを味わう。

異国の地で社員を育てることの大変さを味わう。

ベトナムやミャンマーで、社員を育てるのには並々ならぬ大変さがあった。毎月もしくは隔週で現地に渡り、仕事の基本を直接教える。日本語が分かる社員もいたがペラペラに話せるほどではない。だから分かりやすく話さなければならなかった。ベトナム語は単語が少なく表現の仕方をひとつ誤ってしまうと、間違って伝わってしまうことが多々ある。単なる言葉の壁というレベルを超えていた。

ブライセンのオフショアは極めてリスクが少ない。そんな声をよく聞く。あるとき、オフショア開発案件の納品検収で、どれだけ探してもバグが見つからないというケースがあったほどだ。なぜリスクが少ないのだろうか。ブライセンのオフショアでは2つのことを実践している。ひとつ目は開発プロセスで決して省略をしないこと。システム開発はスタート時に失敗をすると、その後ずっと失敗を引きずる。決めるべきことは時間をかけてでもしっかり決める。お客様には、ここで決めておけば最終的によい結果に繋がると理解してもらうことが重要となる。

もう一つは、実際に顔を合わせて本気で相手と接すること。オフショアを展開する企業には、海外で働く人の顔も知らないまま開発を進める企業も多いと聞く。しかしブライセンでは、社長も役員も社員も可能な限り現地を訪れ、仕事や会議、懇親会を行っている。要件だけを聞いて投げるから、オフショアで失敗をする。顔が見えていればオフショアは怖くない。密にコミュニケーションがとれていればオフショアでも何でもない。まさしくボーダーレス。国籍もロケーションも関係ない。人と人との信頼関係がオフショアを成功させる。

ブライセンの考える
今後のオフショアそしてボーダーレス。

ブライセンの考える今後のオフショアそしてボーダーレス。

オフショア開発、BPOは今後ますます発展していくとブライセンは考えている。ASEANをはじめ、アメリカやイギリス、ヨーロッパ各国、最終的にはアフリカへの展開も視野に入れている。アフリカへの展開はここ数年で実現したいという気持ちはあるが、ハードルが高いのも確かだ。アフリカの教育施設への毎月の寄付も既に始まっている。

そしてボーダーレスの中には、日本も含まれている。日本の地域活性、ニアショアへの取り組みだ。一例としては2018年、鳥取の自然豊かな八頭町にBPOセンターを設立、鳥取駅のすぐそばではなく、鳥取市から離れたところで、地元の人たちと一丸となってインキュベーションセンターを盛り上げていく。今後、日本の人口は減少し増加することはない。どんなに国内で人を集めたとしても限界がある。そして、海外の人材がどんどん日本に入ってくる。だからブライセンでは外国人社員を今よりさらに呼び込んで、信頼できる人たちでコミュニケーションをとっていく。そして地方活性に繋げていく。オフショアとニアショアの融合がこれからのブライセンのグループとしての発展を支えていく。

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